□ レッテル □



呼吸。

息を吸い込んだ時の、息苦しさ。

矛盾を孕んだ苦痛。

幾ら吸っても空気は拒む。

行きたい、行けない。

分裂しそうな意思の中、己という個人は生まれた。


【レッテル】


 レッテル、という陳腐なものを気にしているのは私だけかもしれない。
少なくとも、目の前で優雅にストローを銜えてオレンジジュースを吸い上げている彼女に関しては、気にした素振(そぶ)りもみせない。
んー、と喉の奥の方から声を絞り出して、ストローを銜えたままで、彼女はへらりと笑ってみせた。
なんとも滑稽な姿ではあるが、愛嬌があるのか嫌な気分はしない。

「それが、どしたの? それよりさあ、オレンジとアップル、どっちが好き?」
「え、あ、うん。言っておいた方が良いかなって。それだけ。……私はアップルの方が、好き、だけど」

ストローから口を離して頬杖を着いた姿勢で彼女は首を傾げた。
不思議そうな顔で私を見た後、目を輝かせて尋ねる。
私は戸惑いながらも言葉を口に乗せる。
今までにない彼女の反応に、私はどうして良いのか解らなくなっていた。
予想していたのは哀れみの顔。
けれど、彼女は哀れみの「あ」も感じさせない程あっけらかんとしているのだ。
それこそ自意識過剰なような気に陥り目線を伏せる。

「アップルかあ。僕は専らオレンジ。一つ、言っておこうか。僕に普通を求めたって無駄だよ。類は友を呼ぶってやつ? 型に嵌めようとしたって、僕に合う型はない。君も同じ……でしょ?」

オレンジジュースの入った紙パックを片手で左右に揺らし、意味深な台詞を吐く彼女の顔は、愉しそうに緩んでいた。
私は頭の中で言葉を探す。

「それは、貴女も経験があるっていうことかしら?」
「さあ、それはどうだろう」

はぐらかすように彼女は黙り込んだ。
私の顔をジッと見て笑顔を零す。

「君となら友達ごっこも楽しめるかと思ったんだけど。僕で良かったら仲良くして欲しいなあ」

無邪気な笑みなのに、そこはかとなく同じ匂いを感じる。
彼女からは私と同類の香がしていた。

「そうね。私も貴女となら楽しめそうだわ」
「あは、光栄なお言葉どうも。僕の名前、知ってる?」
「いいえ。私の名前はご存知?」
「いんや」

お互いに顔を見合わせてクスクスと笑う。
彼女は目尻に涙まで浮かべていた。

「まずは自己紹介からだね。僕はクリス。16歳。趣味は人間観察」
「私はセバス。16歳。趣味は洋服集め」

私は彼女を見詰めて、改めて観察する。
彼女の碧い瞳とぶつかって、曖昧に微笑みを浮かべた。
彼女は気にしていないようで、またストローを銜える。
ショートの金髪がさらりと靡く。
その様は何処までも綺麗だった。
Yシャツに黒のネクタイを締め、ジーンズを穿いている姿は男装のようでもあり、逆に本質であるかのようにも映る。
違和感と言えば、可愛らしい仕種ぐらいのものだろうか。
彼女は傍から見ても男性に見えるが、その実、性別は真逆であった。
そして、それは自分も同じこと。
フリルの付いたスカートを穿いて、お化粧をして、言葉遣いも上品にしてみたところで、外見だけが独り歩きするだけで、実際の性別は追い付いていかない。
それが私のような人間のアンバランスさなのだろう。


 クリスはとにかくマイペースだ。
他人の顔色なんて気にしない。
私とは正反対だった。
其処にまた惹かれていく。
私は自分の立ち位置を一々気にして行動を起こせないような人間なのだから、憧れは強くなっていた。


 学校では、男に戻らなくてはならない。
それはクリスも同じで、お互い苦痛に感じていると解った時は嬉しかった。
時々、発作のように起きる不登校も、他の誰に理解されなくても、哀れみの目で見られても、クリスが解っていてくれるならそれで良いとすら思うようになっていた。
クリスに会ってから、私は少しだけ、自分のレッテルを愛せるようになったのだ。


 未だに世間では偏見が横行しているが、私はありのままの自分を見せることが愉しくなっていた。
小さなことで騒ぎ立てる大人も子供も、全てが可笑しくて仕方がない。
世界はこんなにも広いのに、何故見ようとしないのだろうか、と。
逆に哀れみすら感じるのだ。


 私が私である定義は、他人に決める権利などありはしなくて。
私自身が作っていくものである。
私はそれを愉しむだけ愉しんで。
世界を馬鹿にしてやるのだ。




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